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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2119号 判決 1982年2月24日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 関根志世

同 平岩新吾

同 牛場国雄

関根志世訴訟復代理人弁護士 石井知之

被控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 梓澤和幸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  控訴人と被控訴人を離婚する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二当事者の主張並びに証拠関係

次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  控訴人は、被控訴人の申立にかかる東京家庭裁判所昭和五四年(家イ)第二三六号婚姻費用分担調停事件につき昭和五五年二月二〇日成立した調停の条項に基づき被控訴人に対し、昭和五五年三月三一日に九六〇万円を支払った。

2  従って、控訴人の本訴請求が認容されたとしても被控訴人の生活に支障を生ずることはない。

二  右主張に対する被控訴人の認否

1の事実は認め、2の事実は争う。

三  証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すれば、控訴人と被控訴人は、昭和三二年五月六日に婚姻届出をなし、昭和三三年六月四日その間に長女花枝を儲け、昭和三五年八月八日には東京都台東区《番地省略》のそれまでの住居から東京都北区《番地省略》に転居し、以後、眼科、耳鼻咽喉科医である控訴人は、右自宅を診療所として開業するにいたったが、昭和五二年七月には被控訴人を相手方として東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申立て、次いで同年九月一五日には、被控訴人と離婚する目的をもって、東京都北区《番地省略》の乙山ビル二階に診療所を移すとともに被控訴人と別居し、被控訴人も同年一一月に同様夫婦関係調整の調停を申立てたが、右調停は、いずれも同年一二月二一日に不成立によって終了したこと、控訴人は、昭和五三年以降被控訴人との離婚に成功した場合婚姻する約束のもとに丙川春子と同棲を開始し、昭和五六年二月二日にはその間に一女を儲けて現在に及び、丙川春子との右の関係を解消し被控訴人との夫婦関係を回復する意図は、すでに全くないのに対し、被控訴人は、現在なお控訴人との夫婦関係の回復ないし婚姻継続の希望を捨てていないとしていること、以上の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

以上の事実関係によれば、控訴人と被控訴人の夫婦関係は、被控訴人の婚姻継続の希望にかかわらず、現在においては、すでに破綻し回復不能となっていると認定するのが相当である。よって、以下項を改め、右破綻の原因並びにその時期について検討する。

二1  まず、控訴人が本件訴訟を提起するにいたるまでの経過について見ると、《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、昭和三九年頃自宅診察室のベッドで当時住込看護婦をしていた丁原夏子と性交中を被控訴人に目撃されたことがあり、その結果控訴人診療所を解雇された夏子を控訴人の母ハナが控訴人の親戚に就職斡旋したことから、一時夫婦間に不和を生じたことがあったが、その後昭和四六年頃までは、いずれかといえば平穏な夫婦関係が保たれたこと、ところが控訴人は、昭和四六年暮頃は、午後八時頃外出し、飲酒のうえ午後一二時頃帰宅することが多くなり、更に昭和四七年になってからは、週に二、三回の割合で翌日の午前四時又は五時に帰宅するようになったため、控訴人の女性関係を疑う被控訴人との間に不和を生じ、昭和四八年四月頃からは、A医師会の学校医会の用務を理由に外出する控訴人を被控訴人が約一ヶ月間にわたって医師会の事務所附近まで送迎したことがあり、また、その頃看護婦の雇止めによって被控訴人が受付、会計事務等につき控訴人の診療業務を補助することになったのを機会に、他の女性関係に消費されることを畏れた被控訴人が当日の診療収入の大部分をみずから管理するようになった(それまでは、診療関係収支は控訴人がもっぱら管理していた。)ため、不満を抱いた控訴人は、昭和四八年七月末頃家出し、義兄の戊田松夫方その他に比較的長期間にわたって寄食したことがあり、当時控訴人は、いったんは被控訴人との離婚を考えたが、戊田松夫及び被控訴人の叔父甲海竹夫の斡旋により、同年一〇月一五日に夫婦の保有する財産の処分は、その名義いかんにかかわらず夫婦の合意があることを絶対的条件とし、この合意が得られないときは戊田松夫及び甲海竹夫の同意を要件とする旨の和解契約が成立したことを機として、再び被控訴人と同居するにいたったが、控訴人と被控訴人は、その約一か月後には寝室を別にするようになり、その頃から再び控訴人の夜間外出がはじまり、ついには家出前と同様朝帰りが繰返され、当時における控訴人の小遣は、月一〇〇万円にも達したこと、そのため、前同様控訴人の診療収入その他の財産は、他の女性のために消費されてしまうと考えた被控訴人は、次第に前記の和解契約を無視するようになり、昭和四九年の末頃には、控訴人の診療収入、預金通帳、印鑑等は被控訴人が管理し、殊に昭和五〇年以降は、これらを収納する金庫のおかれていた被控訴人の寝室には施錠するにいたったこと、そのため控訴人は、昭和五二年一月には、それまで富士銀行A支店に開設していた健康保険診療報酬の受取口座を三菱銀行A支店に移設したが、被控訴人がこの事実を知り、この口座を旧に復したため、同年四月一四日に弁護士乙山一郎に対し、被控訴人が管理している前記資産を控訴人に確保する方策をとるべく依頼したところ、この事実を知った被控訴人は、控訴人がみずから健康保険診療報酬の請求手続をすることを阻止するため、診療用のカルテを、控訴人が患者の診療上必要とする場合以外は、被控訴人が保管するようになり、控訴人は、被控訴人との離婚を決意し、同年六月二二日に乙山弁護士に対し、被控訴人との離婚手続を委任するにいたったこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  控訴人は、本件婚姻関係破綻の原因は、被控訴人が異常に嫉妬心、猜疑心、金銭欲が強く、控訴人の医療活動による収入を独占する一方、夫婦生活を拒否しているなど、もっぱら被控訴人の側にあると主張するが、右認定の経緯に徴すると、被控訴人が金銭関係にやかましくなったのは、控訴人が女性関係及び金銭関係にルーズであり、かつ著しく乱脈な日常生活を送っていたことに対するいわば自衛策ともいうべきで、これをもって被控訴人の性格にのみ帰することはできないといわなければならないし、また被控訴人が控訴人に対し夫婦関係を拒否しつづけているとの控訴人主張については、《証拠省略》中これに副う部分は措信しえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  被控訴人は控訴人が丁原夏子との間に不貞行為があったから、本件離婚請求は理由がないと主張しているところ、該不貞行為の存在したことは前認定のとおりであるが、右不貞行為の後本件当事者間には少くとも七年間の平穏な夫婦関係があったのであり、これと今回の婚姻関係破綻とは一応関係がないということができるから、被控訴人の右主張は採用できない。ただし、右不貞行為の有無をめぐって当事者間に激しい対立があり、当裁判所も職権による各本人尋問を経てようやく前述の心証を得るに至ったのであるが、その結果は控訴人、被控訴人各本人の供述の一致しない点について、控訴人のそれはおうむね措信しえないとするほかはなくなったのであって、その意味において、右不貞行為の有無は本件の判断において重要な意義があったということができる。

4  次に被控訴人は、控訴人が昭和四六年から昭和四八年頃まで雇用していた看護婦乙原秋子も情交関係があったと主張するので、この点について見ると、控訴人と乙原秋子との関係については、《証拠省略》中には、右の主張に副うものと見られる部分が存在するけれども、右供述ないし記載が、いずれも伝聞ないし被控訴人の推測の域を出ないものであることは、右供述ないし記載それ自体によって明らかであるから、これをそのまま採用することができないことは、いうまでもないところであるし、他に右の主張事実を肯認できる証拠はない。

5  次に被控訴人は控訴人が昭和四七年頃からスナックバーのマダムであった丙川春子とも関係があったと主張するので、これについて見ると、前記丙川証人の証言によれば、同人は、昭和四八年四月以降スナック「チェリー」を経営していたことが明らかであり、《証拠省略》によれば、右「チェリー」開店の前後から、控訴人と春子の間には、親疎の程度を具体的に確認することはできないが、かなり親しい関係があったものと推認できるのみならず、《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、昭和五〇年秋には、春子及び同女とその前夫との間の子等を伴って那須地方へ写真撮影のための小旅行をしたことがあり、後日になってではあるが、控訴人の所持品中から、春子の昭和四九年三月二五日から昭和五二年三月二六日までの住民登録上の住所である東京都北区《番地省略》及び同年三月二七日以後の住民登録上の住所である同区《番地省略》を記載した春子名義の口座に対する控訴人の送金振込用紙が発見されていること及び控訴人が前記のように被控訴人との離婚手続を依頼した乙山弁護士は、春子の姉の夫であり、診療所を移設した乙山ビルの所有者は、乙山不動産株式会社であるが、その実質上の所有者は乙山弁護士であることが認められるのであって、以上の事実と前記認定の控訴人が調停申立をするまでの経過並びに控訴人は被控訴人と別居後間もなく春子と婚姻することを約束して同棲している事実を総合して考えると、控訴人の右の別居は、被控訴人と離婚して春子と婚姻することを目的としてなされたものと推認するに妨げがないばかりでなく、控訴人と春子との関係は、単なるバーのマダムと顧客とのそれを超え、遅くとも右別居以前にその間に情交関係が生じていたものと推認せざるをえない。そして、《証拠省略》中右認定に反する部分は、以上の認定の経過に照らしてたやすく措信できないし、他に右認定を妨げる証拠はない。

6  以上認定した事実関係に基づいて、さらに考察すると、前記のように控訴人が被控訴人と別居する直前においては、すでに当事者双方によって申立てられた調停が係属中であり、日常生活においても、その間にかなり深刻な対立関係が存在したことは疑う余地のないところであるが、それでも現に同居中の夫婦の間に夫婦関係調整の調停が継続中である以上、(《証拠省略》によれば、被控訴人の代理人である金末多志雄、同植松力は調停申立に先だつ昭和五二年八月一二日、被控訴人のために、控訴人との離婚に伴なう慰藉料ならびに財産分与の各債権を保全するため控訴人所有の不動産につき東京地方裁判所に仮差押の申請をなし、同年同月一六日右申請は認容されたことが認められるけれども、《証拠省略》によれば、右は必ずしも被控訴人本人の意思に副うものではなかったことが認められ、これに反する証拠はない。)被控訴人の方はともかくとして、特に控訴人において反省し、日常生活において慎しむところがあれば(それを控訴人に期待することが無理であったと考えるべき根拠はない。)通常の夫婦関係を回復できるチャンスがなかったとはいい切れないのであって、真に婚姻関係が破綻するにいたったのは、前記認定のように控訴人が妻子を見捨て、春子と同棲する目的をもって被控訴人と別居した昭和五二年九月一五日以後であるというべきであるし、右の別居に控訴人と春子の不貞関係が大きくかかわり、その主要な原因をなすものと見なければならないことは、上来説示したところによって明らかというべきである。

三  それ故、有責配偶者である控訴人の本訴請求は、婚姻関係の破綻にかかわらず、これを認容することができないものであり、控訴人が当審において新たに主張した事実の存在は、右の結論に何らの影響を及ぼすものではないから、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却することとし、民訴法九五条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 寺澤光子 原島克己)

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